「松本走り」悲惨な事故に まつもと道路交通考・第2部①遺族の悲しみ消えず

松本地域で目立つとされる、車の強引で危険な右折方法「松本走り」。果たしてその実態はどうなっているのだろうか。地元で生まれ育った人の中には危険運転の自覚がないケースがある一方で、県外からの移住者からは「松本走り」の根絶を求める手厳しい声が多い。右折車による悲しい事故をゼロにし、地域の汚名を返上するためにはどうすればいいのかを探る。
平成16(2004)年6月24日午後3時20分ころ、松本市原の県道惣社岡田線の原橋交差点で、青信号で横断歩道を渡っていた本郷小学校3年生・窪田誠君=当時(8)=が、左後方から右折してきた乗用車にはねられて死亡した。事故を起こした車は青信号になった直後、対向車があったにもかかわらず先に右折を始め、誠君への注意を怠った。「松本走り」による事故とみられる。
現在は松本市松原で暮らしている母親の八枝子さん(71)は「病院に駆けつけても、ショックでぼうぜんとして涙も出なかった」と当時を振り返る。松本警察署の交通課管理官として誠君の事故を担当した大和正博さん(74)=塩尻市洗馬=は「松本走り」について、「以前よりはましになったが、まだまだ(道交法違反の)右折優先意識が残っている」と一部ドライバーのルール無視を指摘している。
禁錮2年・執行猶予4年の有罪判決を受けた加害者の男性は、誠君の月命日には墓前に花を供え続けている。八枝子さんは「悪気があって事故を起こす人はいない。安全確認をして、悲しい事故を起こさないようにしてほしい」と願う。
平成31(2019)年3月16日午前11時半ころ、塩尻市の国道19号広丘駅東口交差点で、オートバイで直進していた栃木県佐野市の男性(46)が、前から右折してきた乗用車と衝突して死亡した。渋滞で見通しが悪くなっていたにもかかわらず、乗用車が注意を怠って右折したとみられる。
男性の叔父の遠藤博二さん(74)=松本市笹賀=は「おいは『松本走り』に殺された」と悔しがる。ツーリング途中に立ち寄ってくれたおいを見送ってから15分後の事故で、「あの時、『飯を食べていけ』と無理にでも引き留めておけば」と今も思う。
遠藤さんは平成5年に相模原市から移住してきた。住み始めて驚いたのが「松本走り」をする車の多さで、危ない思いを何度もしてきた。「松本走り」について「地元の人はあまり問題だと感じていないのでは。そこから改めないと」と対策の必要性を訴える。
県警によると、松本警察署管内では昨年1年間に右折車と直進車による事故が33件発生し、40人が負傷した。信号機のある交差点での横断歩道の歩行者をはねる事故は、7~8割が右折車によって起きている。ひとたび死亡事故が起きれば、失われた命は帰らず、遺族の悲しみが消えることはない。