連載・特集

2025.2.2 みすず野

 冬場の美味な食べ物に海の幸のカキがある。フライにして食べれば、何とも言えない食感とおいしさが口に広がる。揚げ物好きだったこともあって、寒い時期の楽しみとして若い時分は随分と食べた◆過去形なのは、40代半ばをすぎたころから食べられなくなったから。そのころ、いつもと同じように食べると、激しい胃痛に襲われた。最初は体調が少し悪かったためだろうと気に留めなかった。2度、3度と同じような症状が出て、はしが遠ざかった◆昭和の日本を代表する時代小説作家・池波正太郎はエッセー『食卓の情景』(新潮文庫)で「他国や他家の料理や食物の悪口をいわぬようこころがけている」と記す。理由で「人の好みは千差万別で、それぞれの国、町の風土環境と、人びとの生活によって、それぞれの好みがつくられるのだ」と寛容の大切さを説く◆「おいしい時期だから」と、カキフライを食べに行こうと誘われることがある。その都度、胃が受け付けなくなったことを伝える。誘いを気軽に断れる、人間関係にあるときはいい。そうでない場合もある。各自の事情をおもんぱかり無理強いをしないよう気をつけたい。