2025.2.12 みすず野
昼食はほとんど外食だ。まれに相席になることもある。作家の小川洋子さんは、初めて訪れた町でとんかつを食べたくなり店に入る。満員でおばあさんと相席に◆「海老フライセットの、上等の」と注文を始める。「えっ?」「値段の高い方の海老」「はい、はい」「それにコロッケを一個、つけて」「コロッケを?」「そう」「海老を一匹、減らします?」「いや、いや。海老はそのまんま」。注文を取る人も高齢で「これだけの会話がお互い二回ずつ繰り返された」(『遠慮深いうたた寝』河出文庫)◆とんかつを見て、おいしいもの、栄養があるもの、珍しいものは何でもまず子供に、というのが父のやり方だったと思い出す。だから「父親だけおかずが一皿多い、という家庭だってあるのだと知った時は、たいそう驚いた」◆結婚したばかりの頃、父が家に寄り、小川さんはとんかつを作る。「いくらでもそういう機会は作れたはずなのに、ぼんやりしているうち、取り返しがつかないところまで、時は過ぎ去ってしまった」と。父の命日に偶然この1編を読み、似ていたなと思い出した。おばあさんはキャベツ一片残さず完食したそうだ。