連載・特集

2024.8.2 みすず野

 聴ききれないほどのLPレコードや、たぶんこの先読み返すこともないであろう本、雑誌の切り抜きや短くなった鉛筆などが、ついたまってしまうという作家・村上春樹さんが、同じように集まったTシャツを披露した『村上T 僕の愛したTシャツたち』(新潮文庫)は楽しい◆Tシャツのカラー写真とその説明で構成。200ページ足らずだが、中身がたっぷり詰まっている。コレクションの中で最も大事にしているのは、ハワイで1ドルで買った「〝TONY〟TAKITANI」と書かれた1枚だという◆「トニー滝谷」がどういう人だろうかと勝手に思いを巡らせ、彼を主人公に短編小説を書き、それが映画になった。元手は1ドル。「僕が人生においておこなったあらゆる投資の中で、それは間違いなく最良のものだったと言えるだろう」と書く◆1960年代まで、Tシャツは労働者階級か不良が着るものだったとも記す。今は市民権を得た。連日のように熱中症警戒アラートが出され命の危険が指摘される夏。Tシャツを仕事着に着用してもいいのではないか。不都合だと思われる場合はジャケットなど羽織ればいい。それほどの暑さだ。