連載・特集

2024.4.5みすず野

 「長男が大学に合格しました」と、同僚が声を弾ませて話してくれた。聞けば知らない人がいない有名大学。「おめでとう」というこちらもうれしくなる。初めて見る彼のこんなにうれしそうな顔。いいなあ◆「おとなになると、うれしいことはあまりない。それでも、うれしい顔は見たい。なかなかないだけに、その現場と、意味をたしかめておきたい」と詩人の荒川洋治さんは「一本のボールペン」というエッセーで語る(『夜のある町で』みすず書房)◆会議で一緒になった人が「ボールペンをもらったの」とうれしそうな顔をしている。出席者には1本ずつくれると。はじめは荒川さんももらっていいのか、後で返すのかわからず悩んだ。もらえる、とわかってうれしかった。「ちいさなものほど、貴重なのだ。それがおとなの世界」◆「いまおとなは、自分のほんとうのよろこびとは何かを考えるとき、大きな状況ばかり想定する。(中略)それがかえって心をちいさくする。うれしい顔はそこからは出ない。たちのぼらない」という。でも大人の喜ぶ顔はときどき見たいとも。ささやかなことがいささか干からびた心の中にしみていく。

連載・特集

もっと見る