連載・特集

2024.3.27 みすず野

 松本市美術館のミュージアムショップで、3年前に82歳で亡くなったブックデザイナー・平野甲賀さんのエッセー集『きょうかたるきのうのこと』(晶文社)を買い求めた。9年前に出版され、当時読んだが行方不明。平野さんの手がけた装丁は、デザインされた描き文字が特徴で、背表紙を見ただけでわかる◆父の芥川龍之介が亡くなったとき、演出家・芥川比呂志は8歳だった。「劇的な死であったから、私と弟の多加志はたちまち新聞社のカメラマンに狙われた。竹垣を乗り越えて来る。弟は泣き出した。昭和二年、すでに、そんな風だったのである」と書く(『私の文章修業』「門の外」週刊朝日編、朝日新聞社)◆岩波書店から全集が出ることになり題字を書けといわれる。嫌でたまらない。父の書斎で『漱石全集』『鴎外全集』『子規全集』などの背文字を見慣れている。大人の書いた字で立派。背文字は『芥川龍之介全集』と書くのだと。「なぜだ。他のより三字も多いじゃないか」◆箱に採用された。「なぜこんな変なことをするのか。この件は子供心に長くのこった」という。箱の背文字は平野さん同様、手書きの文字だった。