2023.9.27 みすず野
平岩弓枝さんの時代小説〈御宿かわせみ〉シリーズの一編「むかし昔の」に、認知症とおぼしき老人が出てくる。身なりの良い70代半ばの男が「お吉はいるかね」と訪ねてきて部屋へ上がり込む。帰ったお吉がのぞくと知らない人だ◆名前や住まいを尋ねると老人は急にうろたえだした。思い出せない。問屋の隠居が老いの孤独のなか、昔ひそかに通っていた家と女性の面影を胸に宿し...数年前なら笑って読み過ごしただろう。老いの実感がじわじわ迫る今―物語の設定とは全く無縁であっても―身につまされる◆高齢者の5人に1人が患うとされる。御嶽山の噴火から9年たつ日に合わせて救助隊の一員だった警察官の顔が浮かぶ。仕事の傍ら認知症の人が集うオレンジカフェを開いていた。当時は「地域に居場所をつくらなければ」と聞いても深く考えなかったが、いま思えば本当に頭が下がる◆「むかし昔の」にはもう1人、夫が店を持たせた女性への嫉妬から―店の持ち主はとっくに替わっているにもかかわらず―包丁を持って乗り込んで行くおばあさんも出てくる。重ねて書く。こういう心配はないが、気をつけなければならない。