連載・特集

2023.8.2 みすず野

 雨飾山は若い頃に同僚と登った思い出の山である。あの時は―唯一の水場が枯れていただか、雪渓に覆われていただかで―水を補給できず、下りはふらふらだったと今も笑い合う。脱水症状に近かったのだろう◆今回はその反省もあって、ようやく空が白み始めた大町市のコンビニで水をどっさり買い込んだ。荷が少々重くなっても熱中症にかかるよりはいい。小谷温泉を奥へ入った登り口の駐車場は県外ナンバーでいっぱい。深田久弥が人目を忍んで初恋の人と登りたがった山に、全国から愛好者が頂を踏もうと訪れる◆日本海の眺めの代わりに、お花畑が迎えてくれた―こう思えるのも年の功か。さて下ろうと歩きだした直後だ。疲労は足にたまる。おっとっと。体勢の平衡を失い、つんのめりそうになった。火野正平さんみたいに自転車なら「人生下り坂、最高!」かもしれないが、山ではそうはいかない。もしも前方に人がいたら大ごとだった◆はやる心を抑え靴の手入れに余念がない方もおられよう。山での事故が相次ぐ。燕山荘主人・赤沼健至さんの話を思い出す。達人は登りより下りに時間をかける。人生も山も下りが危ない。

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