連載・特集

2023.7.28みすず野

 旅先のすし屋のカウンターで、信州から来て息子は高校生だと言ったら「松商ですか?」と返された。古豪の名は津々浦々の野球ファンに知れ渡る◆全国制覇した昭和3(1928)年、甲子園球場の近くに住んでいた流行作家の佐藤紅緑が松商の宿舎を訪れ、佐藤茂美主将に手紙と著書を手渡す。2回戦の勝利にも―〈貴校の手腕〉を振るったとは言えない。真技量を見せるのはこれから。敵を侮るな―と激励した。同姓の親しさもあったか(『松商野球部百年史』)◆紅緑の手紙に、ここ3年間の戦いぶりを〈天機熟さず長蛇を逸するの感〉とある。手に汗握る決勝だった。これはいけるぞと思ったのもつかの間、たちまち逆転され、それでも最後まで食らいつく。長い球史の一つの敗戦も、3年生にとっては一生に1度。悔いもあろう。多くの先輩も同じ涙を流した。悔しさを今後の人生の糧にしてほしい◆95年前は甲子園へ自転車で松本から丸2日がかりの大遠征をかけた熱いファンもいたという(『新松本繁昌記』)。松本駅での市民の歓迎ぶりは語り草だ。好球家の歓喜は持ち越しとなった。奮え後輩たちよ。聖地で待っている。

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