2025.3.7 みすず野
ロシア文学研究者の奈倉有里さんは、昨年、新潟県柏崎市に築100年近い木造住宅を買う。市内に柏崎刈羽原子力発電所がある。住みたかった理由は雪が降り海がきれいで、町の人々の雰囲気も好きで住宅にも引かれたが、一番は「柏崎原発を人類の当事者として考えたい」からと父親に伝える(『文化の脱走兵』講談社)◆現在新潟市になっている旧巻町には原発計画があった。電力会社が「原発による地域活性化の例を見せる」と招待した柏崎や福島へのバスツアーに参加、観光や料理を満喫した町民たちは帰ると再び反対運動にいそしんだ◆町のおじいさんたちは「まるで狸が寄り合いをして『どうだ、悪い人間どもを化かしてやったぞ』と自慢するかのように得意げにこの話をしていた」。巻は祖父母が暮らしていた町であり、奈倉さんはこの様子を見ていた。計画は住民投票で遠ざけた(「柏崎の狸になる」)◆「巻の山狸たちよ、どうか天国から力を貸してくれ。狸にできることがまだあるなら、私も喜んで狸になろう」と結ぶ。原発は建設地域だけの問題ではないのだ。同書は第76回読売文学賞(随筆・紀行賞)を受賞した。