2025.3.26 みすず野
入学式を控えたこの時期、新聞に万年筆の折り込みチラシが入っていた。大橋巨泉さんが万年筆を手に「はっぱふみふみ」と言うテレビコマーシャルが盛んに流れていた。入学・進学祝いの定番の一つだったころ◆作家の吉村昭さんは、ワープロ、パソコンが普及しても、原稿は万年筆で書いた。小説、エッセーの推敲用に使っていた万年筆の先端がゆらいで離れてしまう。買った店に送り、書き具合の同じものを送ってほしいと頼む。店主から電話があり、修繕可能だから直しましょうと言われる◆「その万年筆が可哀相なのです。十数年私に酷使されて首がもげたのです。静かに葬ってやりたいのです」と答える。店主はよくわかりましたと、同じメーカーの新しい万年筆を送ってきた。「それがきわめて書き味がよく、日々楽しい」(『縁起のいい客』文春文庫)◆パソコンだと、こうした愛着は生じないと思っていた。仕事に使うのは会社の備品だが、使い込むうちに、キーボードの「A]「N」「M」などの表示が薄れてくる。「Q」は新品のようだ。書き味のような感触は生じようもないが、キーをたたく感覚は固有かもしれない。