連載・特集

2025.3.15 みすず野

 あらたまったお願いがあるときに、手土産は決まって、松本市の老舗百貨店・井上で購入する。相手に誠意を伝えるのに、同店の包装紙は効果抜群だ。とりわけ年配の方に、包装紙の「威光」は一段と増すように思う◆六九にあったころは覚えていない。幼少期、親に手を引かれ「まち」に出掛けたときに寄ったかもしれないが、記憶に残っていない。物心ついたときには松本駅前の現在地にあった。立地がよかったのもあるだろう。高校時代、帰り道に特に目的があったわけではないが、友人と店内をよくぶらぶらさせてもらった◆遠い記憶をたぐり寄せると、思い出すのは中学生のころのこと。地下の食品売り場にバレンタインデーのお返しのクッキーを買いに行った。20個ほどを「別々に包んでほしい」と店の方にお願いすると、微笑を浮かべ作業してくれた。「はい、お待たせしました」と、にっこり笑って品物を渡されると、自分でも不思議なほど恥ずかしかった◆本店の閉店まで半月と迫った。包装紙に威光がある分、買い物したときの一つ一つの思い出は重厚なものが多い。思い出の地に立ち入れなくなるのは、やはり寂しい。