連載・特集

2024.10.3 みすず野

 「じぶんにとってぬきさしならない歌というのがあるのだ。その歌を聴いたことがじぶんのなかの何かを変えたという記憶が、歌のむこうにのこっているような歌だ」と詩人の長田弘さんは『アメリカの心の歌』(岩波新書)に書いた◆それは昭和45(1970)年秋に、27歳で急死したジャニス・ジョプリンが歌った「ミー・アンド・ボビー・マギー」。シンガー・ソングライターのクリス・クリストファーソンの作品だ。彼がしたことは「歌の言葉に意味を回復したことだ」と語る◆国内では47年にフォークシンガーの中川五郎さんが自ら訳し「俺とボビー・マギー」のタイトルでシングルレコードを発表した。「自由っていうのは失うものが何もないことさ」と歌う。長田さんは今に至るまでクリストファーソンの歌のモチーフは「ただ一つだ。自由(フリーダム)だ」と◆訃報が届いた。88歳。映画「スター誕生」「コンボイ」などの主演俳優としても活躍した。「歌の言葉が、こころに根を下ろしてしまう。そして時代とともに、木のように、こころのなかにいっそうそだってゆくような歌がある」のだと。失う何もない、それが自由だと。