連載・特集

2024.7.5 みすず野

 2日続けて夕方、ヒグラシの鳴き声を聞いた。雑木林から聞こえてくるその声は、まだ大合唱ではなかったが、夏が来たのだと教えられた。ヒグラシは夏を連れてくる◆フランス文学者の奥本大三郎さんは「涼しい声でカナカナカナカナと鳴き出すが、その鳴く声は、ほかのセミと違って、たくさん鳴いても決してやかましい感じがしない」という(『虫の文学誌』小学館)。そうなのだが、キャンプ場の朝、明るくなりはじめたころに、その山のヒグラシが集合して鳴いているような大音量のカナカナを聞いたことがある。とても寝てはいられなかった◆北杜夫さんは『どくとるマンボウ昆虫記』(角川文庫)で、ヒグラシは昔、北海道にはいないことになっていたが「写生派の一人であるべき島木赤彦氏が北海道で詠んだ歌のなかにヒグラシがでて」いたので、新発見のつもりで父の斎藤茂吉に尋ねた◆「老境のうえにとりわけ不機嫌のときであった」茂吉は「赤彦のはいい加減だ。ヒグラシがいようがいまいが、あいつはそのときの調子で歌に詠んでしまう」と答えたと。同書に書かれているように、現在は北海道にも分布するとされる。