連載・特集

2024.7.3 みすず野

 「花にははやりすたりがある。時代というものが、正体不明な趣向の変化と不離の関係にある以上、それは仕方のないことなのだろう」と作家の高橋治さんは『くさぐさの花』(朝日文庫)で書いた。それは「人気高い花でも、普及しすぎるとただの花になって、関心が薄らいでしまうことがあるからだ」という◆その好例として挙げるのが矢車菊。改良され、矢車草の名で親しまれるようになって、急激に世間的な花の価値が下落したように思えるとか。矢車菊の澄んだ青はドイツの女性の瞳の色に例えられる。ツタンカーメンの黄金のひつぎからは、副葬品として発見されているそうだ◆著者は「矢車草病者その妻に触るゝなし」(石田波郷)の句を挙げる。「病弱だった波郷の愛と悲しみの深さが、読む者に切ない」と記す◆1970年代に人気を集めた歌手・天地真理さんの歌に「矢車草」がある。岩谷時子さんの詞で「矢車の/花ひとつ/シャツにとめて/あげたけど」と歌う。昭和51(1976)年の発売だったが、大ヒットとはならなかった。ユーチューブでは、天地さんがギターでこの歌の弾き語りをするコンサートの様子が聴かれる。