2024.6.17みすず野
先月発刊された沢木耕太郎さんの『心の窓』(幻冬舎)は、著者が世界各地で撮影した1枚の写真に、500字ほどの文章を付したフォトエッセー81編を収める。海沿いの防波堤にいる若いカップルをとらえた「青春のシルエット」は、台湾で撮られた◆写真は「男性が片手で支えた体を浮かせ、反対の手を女性の方に差し伸べた。引っ張ってくれとでも言っているのだろうか」という様子を、防波堤と二人をシルエットにして写した◆米国のシンガーで、36歳で亡くなったスティーブ・グッドマンは、2枚目のアルバムに「ザ・ダッチマン」という曲を収めた。詩人の長田弘さんは『アメリカの心の歌』(岩波新書)で「もう若くない一人の男と、マーガレットという一人の女の、人生の一日の物語」の歌だといい「一緒に海の見える堤防へゆこう/ずっと昔 ぼくは一人の若者だった/そのことをマーガレットは覚えている」と歌詞の一部を記す◆台湾の防波堤の男女は歌われている男女の若い頃の姿だったのかもしれない。マーガレットは古いラブソングを口ずさむ。覚えたのは歌がまだ新しかった頃だ。1枚の写真が想起させる物語。