連載・特集

2024.2.2 みすず野

 「どんな世界でも、偉い人は総じて若い頃から頭角を現し、凡人には及ばない才能を発揮するもので、学問、芸術、文学、スポーツなど、個人技の世界では、とくにその傾向が強い」と、昭和19(1944)年生まれの前田速夫さんは、著者『老年の読書』(新潮選書)のコラム「遅咲きの人生」でいう◆けれども、と続けて「世間は広い、さまざまな事情から出発が遅れ、晩年に花開いた人もいる。早々と、人生をあきらめるには及ばないということか」と結ぶ◆その例として、太平洋戦争敗戦後、55歳で満州(現在の中国東北部)から帰国、名人とたたえられた落語家・古今亭志ん生の一代記『なめくじ艦隊』(ちくま文庫)、50代でイタリア文学の翻訳家として注目されはじめ、50代後半から名エッセイストとして評価されたが、69歳で没した須賀敦子の『ミラノ 霧の風景』(白水社)などを挙げる◆人生を諦めているわけでは決してない。それなのに、晩年に花開く兆候が全く見当たらないのはどういうわけか。あるいは出発が甚だしく遅れているだけなのかもしれない。それにしてもそろそろスタートしないと時間切れになるなあ。