連載・特集

2024.1.22みすず野

 冬の夜、湯気を上げる鍋をつついて味わうおでんは、体だけでなく心も温まるような雰囲気を漂わせる。会社帰りにおでんのセットを買えば、とりあえず夕食の形ができる。鍋を囲む家族がいれば、会話も弾むだろう◆「アンパンマン」の作者のやなせたかしさんは、復員後、故郷の高知県から会社の同僚4人と仕事で上京。闇市で仕入れた材料でおでんを作り、慰労会をした。女性社員1人を除き、全員が猛烈な食中毒になった◆女性が免れたのは、気を遣って、ちくわ、卵、つみれなど「やや高級なものを男性社員に食べさせ、自分は大根しか食べなかったからだ」(『昭和なつかし 食の人物誌』磯辺勝著、平凡社新書)。この女性が、のちのやなせ夫人だそうだ◆詩人の辻征夫さんの「耳朶」と題した8行の詩には、俳句を2句詠み込んである。好物のはんぺんは、鍋の中で自然に浮かんでくるはずなのだが見当たらない。最初から入っていなかったのかもしれない。「熱燗や子の耳朶をちょとつまむ/(なに?/うん?/いま耳にさわったでしょ?/うん/なに?)/おでん煮ゆはてはんぺんは何処かな」(『辻征夫詩集』岩波文庫)