2023.7.23みすず野
新聞記者という名刺を持って社外に出るようになったころ、上司から言われたのは、取材を申し込めば普段会えないような著名人でも面会できる。それは新聞社の社員であるからで、自分の実力でもなんでもない。勘違いするなと◆そういう先輩がいたのだろうかと思いながら、社会人1年生として素直に上司の言葉を胸に刻んだ。実力が身についたと思うことなど全くなかったが、しばらくは「名刺」というとこの言葉を思い出した◆「私の現在の最大の問題は、自分がどうしても『歴史小説家』に見えないということ」と、澤田瞳子さんは近著『天神さんが晴れなら』(徳間書店)でいう。名刺を出しても「肩書があってないような仕事」であり、直ちに理解してはもらえない。それでも「歴史小説家然とした老婦人」となるまでは「齟齬ある自分を楽しもう」と記している◆何年も前、松本市内で開かれた外国人留学生を励ます集まりを取材に行き、受付で名刺を出す前に「こちらへどうぞ」と、留学生の控え室に案内された。ずいぶん手際がいいと思っていたら、東南アジアからの留学生に間違われていた。齟齬ある自分を少し楽しんだ。