2023.7.21 みすず野
「鎌倉街道」の字を見逃すはずがなかった。松本市安曇の沢渡温泉。若いころ大野川~白骨温泉の古道歩きに幾度か挑み、いずれも中途撤退していた。踏み跡を見失い行きつ戻りつ、崖のような所を命からがら車道に下った苦い思い出がよみがえる◆道しるべに「歴史の道」と見たら行ってみたくなる性分だ。というか、もう歩き始めていた。熊鈴を鳴らし鳴らし濃い緑のなか30分ほどで、ひっそりと水をたたえた大きな池が現れる。初めての景色に息をのむ。そのちょっと先に武田信玄が「とりで」を築いたという◆「いざ鎌倉」への道―と旧安曇村が立てたらしい案内板にある。北へ〈安房峠付近を越え、飛騨を経て遠く越中に〉至り、南へ向かえば奈川から峠を隔てて飛騨高山や、木祖の薮原へとつながっていたのだろう。バスが通るまでは白骨の湯治客もたどった。使われなくなった道はやがて忘れ去られてゆく◆とりでの先にも道があった。そのつもりではなかったので、にぎり飯を持ってきていない。後ろ髪を引かれる思いで引き返す。たしかキャラメルを入れておいたはずだと、池のほとりでリュックのポケットをまさぐった。