連載・特集

2024.6.21みすず野

 古本を買うときに、ぱらぱらと本文を見て、できるだけ線引きや書き込みがない本を選ぶようにしているが、そうした本を絶対に買わないというわけではない。むしろそうした痕跡を楽しみながら本と向き合うのも面白いと、何かで読んだ覚えがある◆『本の置き場所』(日本近代文学館編、小学館)は、4、5人の作家の文章に赤い線引きがある。何を重要だと思ったのか、どこに感銘を受けたのかと考えてみるのが面白いのだが、ほとんどはよく意図がくみ取れなかった◆その中で、安岡章太郎さんが書いた「本の置き場所」という3ページの文章は末尾の2行に線引きがされている。内容は本が嫌いなわけではないが、身の回りにいつの間にか増えてくる本を見ていると、うんざりするような疲労を感じるという。家屋全体を2階屋に建て替え、書庫のような部屋を設けたが、1年後の今本があふれそうだという内容◆末尾2行は「しかし本が増え過ぎて嘆かわしいのは、家が狭くなることもだが、それを読む時間が自分にどれだけ残っているか、と考えるときである」と。線を引いたのは同じくらいの年の人だっただろうと思いあたった。