連載・特集

2024.5.28 みすず野

 中山間地の田を1枚だけつくっている。大した広さもなく、自家消費用だ。それがいつの間にか、毎年かなりの割合で米が余るようになってしまい、頼まれれば喜んで分けている。このごろは作業がつらくなり、いつやめようかと考えてばかりいる◆昭和天皇の侍従長を務めた入江相政は「炊きたての銀飯、およそ世の中にこんな馥郁としたものはない」という(『楽しみは尽きず 入江相政随筆選Ⅲ』朝日新聞社)。「白米だけでも文句なく食えるが、そこへほんのうっすり醤油のついたもの、これがこの世の最高の味」だと◆のりにしょう油をつけて飯の上にのせ、箸で軽く巻き口へ。のりから少しはみ出た部分が「銀飯の上に醤油を一刷毛はいた形になっている。真白な光るような飯の一粒一粒」。湯気の向こうには焦げ茶色の米がひとかたまり。しょうゆの香りが立ちのぼる◆分けた米のお礼に酒類が届く。市販のちょっと高い米を買った方が安上がりだろうが、うまいと言われて悪い気はしない。効率のいいわらしべ長者のようだ。これからは耕作面積と同じ程の土手の草刈りが続く。楽しみに待つ人がいると、汗の流しがいもある。