連載・特集

2024.5.27 みすず野

 できるだけ物を持たず、ゆったりと日々を送りたいという思いは年を経るに連れて強くなる。「終活」ではなく、小さなことに季節の移り変わりを見つけられるような日々◆この「持たず」「急がず」は、大都市だった江戸が、250年間の太平を保てた価値観のキーワードだと江戸風俗研究家の杉浦日向子さんはいう(『うつくしく、やさしく、おろかなり―私の惚れた「江戸」』筑摩書房)。物を持たず、年に何回も使わない客間は必要ないとした住まいが長屋。他人をうらやむ、ひがむというコンプレックスも持たない。自分は自分と日々を暮らせばせちがらくない◆急がずは、仕事。江戸は職人の町。職人かたぎというプライドを持ち、急げば3日早く仕上がる仕事も、3日延ばして丁寧にやる。もう一つは人付き合い。諸国の寄り合い所帯の江戸では、人との付き合いを細やかに急がずやらないと、支え合ってこそ成り立つ共同体ではつまはじきに◆持たず、急がずは江戸だけでなく「三千万人がほぼ実践できたからこそ、平和を守れた」、長い低成長でも「心豊かな時間を持てた」と語る。持たないと決めると何かがふっと軽くなる。