連載・特集

2023.9.29 みすず野

 松本市奈川の白樺峠へ行ってきた。この時季タカの渡りを観察する人たちでにぎわう。大勢が双眼鏡やカメラを構えていて、誰かが声を上げると、一斉に顔が上空の同じ方へ向く。テニスコートの観客席のようだった◆こよいは中秋の名月。昔の人みたいに集まって酒を飲んだり、ススキやお月見団子を供えたりはしないまでも、どこか風雅の心を思い起こさせてくれる。長雨の季節にあたる日本には〈中秋無月〉や〈雨名月〉といった言葉も―気象エッセイスト・倉嶋厚さんの『季節おもしろ辞典』に教わった。たとえ雲に隠れていても年に一度きりの名月なのだ◆小説「銀の匙」で知られる中勘助の随筆の中に〈十五夜お月さま箕にあまる〉という表現を見つけた。夜が明ける前の西のかなたへ〈己がつとめを果した神のごとく〉去りゆくお月さまを眺める。【箕】穀物をあおって殻・塵などを分け除く農具―勤め人の親の元で育った筆者は広辞苑を引かなければならない◆愛鳥家も左党も甘党も、自然の神秘と出合う秋である。いつまでも暑いと思っていたら、あさってから神道祭か。いつもの年よりも月日がたつのが早く感じられる。