連載・特集

2023.08.09 みすず野

 九州の長崎から来た目に信州の山はどう映っただろう。〈ほんに遠い国へ来てしもうたツバナの花かな〉自由律俳人の松尾あつゆき(本名・敦之、1904~83)は長崎で被爆、妻と子供3人を失った。句碑に〈なにもかもなくした手に四まいの爆死証明〉◆荻原井泉水の『層雲』で活躍した。昭和24(1949)年から屋代東(現・屋代)と松代の両高校で計12年、教員を務める。信州へ転居の理由は〈心の痛手を癒して、新しい生活に入るには、被爆地を遠く離れるに如かず〉だった。定年退職後、長崎に戻る◆全俳句を収める『花びらのような命』(龍鳳書房)は信州の教え子によって編まれた。被爆前後の日記が転載されている。息子が亡くなる前に木の枝をしゃぶって〈さとうきびばい。うまかとばい〉と言った。甘い物を口にしたことがなく唯一、サトウキビの味を覚えていたのだ。胸を締め付けられる◆同書は松本・安曇野・塩尻市図書館で借りられる。信州での句を紙幅の限り。〈信濃の子守の風俗頭に手拭梅の一枝をもつ〉〈梅雨あけアルプスの雪がかすんでいる馬頭観世音〉〈戦争は嫌とだけで句にならず夏たけていく〉