連載・特集

2023.7.26みすず野

 ♪暑中お見舞い申し上げます―と歌える人は50代以上だろう。3人組アイドルのキャンディーズが「普通の女の子に戻りたい」と言ったのは、この曲のヒット中だった◆文学全集―後ろのほうの巻に書簡集がある―を二つ三つ当たると、斎藤茂吉の戦時中のはがきに〈拝啓暑中御見舞申上候〉を見つけた。時候のあいさつで、他も大抵は夏なら〈炎暑のみぎり〉と書き出し、決まり文句の〈ますます御清健大賀奉り候〉が続く。暑く(寒く)ても元気で何より。さて用件は―というわけだ◆定型文や堅苦しい表現を達筆で―と力めば敬遠しがちだが〈丈夫ですか、暑い事です〉は夏目漱石。なるほど夏の便りの目的はこの2句で尽くされている。さらに気の置けない相手なら―ちょっと変わり者の先生だが―内田百閒の〈アツイノデ半死半生ニ御座候〉だとこちらの現状が伝わり、共感を得やすいかもしれない◆励まし合って耐え難い暑さを乗り切ろうと、病気でもないのに「お見舞い」と言った先人の心に触れる思い。メールやスマホで一通りは済ませられる時代だけれど、人を気遣ったり、いたわったりといった気持ちは見失いたくない。

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