連載・特集

2023.6.1みすず野

 寺田寅彦が随筆に〈夕風の涼しさは東京名物の一つ〉と書いている。90年前の『週刊朝日』に載った。今との気温差はどれくらいだろうか。蒸し暑い夜は〈井戸水を頭へじゃぶじゃぶかける〉とし、〈年寄りの冷や水も夏は涼しい〉と笑わせる◆〈自由の涼しさ〉という言葉が印象に残った。風流は〈風通しのよい自由さ、心の涼しさ〉だといい、風鈴の音に例えて―メトロノームみたいにきちょうめんに鳴ったら涼しくないし、がむしゃらに打ち振っても独裁政治のよう―漱石譲りの分かりやすさとユーモアは今も古びない◆カレンダーをめくって衣替え。ノーネクタイはおなじみだが、12年前の大震災をきっかけに環境省が呼び掛けた「スーパー」の付くクールビスとなると、定着したとは言えないようだ。ポロシャツとか沖縄のかりゆしウエアに倣った装いを、まず上に立つ人から始めてみてはどうだろう◆週刊朝日が休刊した。大見出しの記事よりも短いエッセーが楽しみで週刊誌を読む。好奇心や旅心をくすぐられる。寅彦の文もそうした読者の求めに応えたのに違いない。活字と紙の行く末は言うまでもなく、ひとごとではない。