連載・特集

2025.2.26 みすず野

 「初老の人間が、浅草の裏町を、食パンや罐詰めと、裏通りの古本屋で求めた雑誌を入れた風呂敷を抱えて歩いている。市井の人から見ればわびしい姿かもしれないが、それなりに老紳士の粋がある」と評論家の川本三郎さんは、永井荷風の『墨東奇譚』での荷風自身を思わせる「わたくし」の町歩きの様子を語る◆『陽だまりの昭和』(白水社)にある。昭和39(1964)年ころまでの暮らしを、映画や文学などの中から浮かび上がらせている。荷風の話は「町歩きの必需品」と題した1編だ。「夜の町を風呂敷包みを抱えて歩く。そこには枯淡の風流がある」と◆昭和19年生まれの川本さんは「ジーンズにスニーカーの現代のシニアには、こういう粋が似合わなくなった。無念」といい「昔の風呂敷が似合った文人たちが羨ましい」とつぶやく◆ハンガリー文学者の徳永康元さんは『ブダペストの古本屋』(恒文社)で古本屋歩きには風呂敷が一番便利だと書き、海外でも「仲間が風呂敷の効用を大いにみとめてくれた」と喜ぶ。風呂敷を使った一升瓶の独特の包み方がある。昔の文人には及ばぬがあれを覚えて提げて歩くのはどうだろう。