地域の話題

2024.12.2 みすず野

 カレンダーが最後の1枚になり急に慌ただしい風が吹いてくるようだ。この年を送り、新しい年を迎える準備が、一つずつ行われていく。師走の世間に背を向け、せめて1泊、温泉で過ごしたいと思い続けているが今年もまた実現しそうにない◆小説家の田山花袋(1871~1930)はジャーナリストでもあり、健脚で全国の温泉地を巡り歩いた。『温泉めぐり』(岩波文庫)には、1世紀ほど前の温泉事情が記されている。松本市の浅間温泉を、冬も夏も面白いところと紹介する◆名古屋から中山道を北上「S君の木曽の福島にいるのをたずね」て浅間温泉へ。S君は島崎藤村。驚くのは「午前の九時に、福島を出て、その日の午後の六時」に到着。「自分の脚の韋駄天に近いのを思わずにいられなかった」と◆解説の比較文学者・亀井俊介さんは「これはとても九時間ほどで歩ける距離ではない」のに、著者は「平然と、むしろおかしいことのように語る」という。手甲脚絆で歩いた昔の旅。温泉地を行く著者の姿を想像する楽しみも。県内の温泉はこの他にいくつも登場する。ゆっくりページを繰ると、文字の間に湯煙が漂うようだ。