連載・特集

2024.11.18みすず野

 「曲がったことのない角を曲がれば旅が始まる」とは、永六輔さんの言葉。列車に乗り、窓の景色を眺めながら缶ビールを開ける。どこかのあまり大きくない駅で降り、酒場でうまい酒を飲む。理想の旅をこんなふうに思い描く。混むのがなにより嫌だから、週末や連休などは出かけられず何年も旅らしい旅をしていない◆今年還暦を迎えたという画家の牧野伊三夫さんは似た旅を夢想して「もしかしたら旅というのは、どこかへ酒をのみにいくことなのかもしれない」と、近刊の『へたな旅』(亜紀書房)でいう◆30代初めに、東京・国分寺駅前へ酒を飲みに行き、電車に乗ってみたくなって各駅停車を乗り継ぎ、夜更けに松本に着いた。「家に帰って晩ごはんを食べるつもりだったから、サンダルばきだったかもしれない」。足の向くまま街を歩いた◆その後、何度も訪れて喫茶店や居酒屋などを巡り、そこで出会った人との思い出をつづる。「目をつむり、松本の街を思うと、そこにはいつも澄んだ女鳥羽川の流れと蒼い山々の景色、友だちと好きな店がある」(「松本を想う」)。4月に発行された「工芸の五月」に掲載された1編だ。