連載・特集

2024.11.14 みすず野

 「目黒の秋刀魚」という古典落語がある。世間知らずの殿様が、たまたま口にした焼きたての秋刀魚の味を忘れられずに、という有名な話。こうして食べる秋刀魚がうまいというのは、おそらく多くの日本人が知っている◆「焼く」というのは地球上のほとんどの民族が最初に行った調理法だと、農学者の小泉武夫さんはいう(『酒肴奇譚』中公文庫)。その手法を発展させたのが日本人。塩焼き、照り焼き、付け焼き、串焼き、蒸し焼き、包み焼き、焙烙焼き(懐かしい!)など実に豊かにある◆焼く料理が発達したのは、焼いておいしくなる魚介類や野菜、キノコなどの材料が豊富で、調味料が酒、みりん、しょう油とそろっているとともに、堅炭や焼き網などを編み出したからと説く。焼いた魚にスダチやレモンの輪切りを添えるのは、生臭さを抑えるため◆「秋刀魚、鱈、春告魚など、字面が旬と一致している魚」(『青魚下魚安魚讃歌』髙橋治著、朝日文庫)の一つ。夕暮れが日ごとに早くなる今頃、かつては近所の家から、秋刀魚を焼く匂いが漂ってきたのに。住宅事情や調理器具の変化で、もうわからない。秋の風情も変わってゆく。