2024.9.1 みすず野
花野を吹き抜けていく風を「花野風」という。野に花が咲く季節の風なら、いつでもそう呼んでいい気もする。だが「花野」は、秋の草花が咲き乱れる野原を指す季語。だから、花野風は秋しか吹かない。日本語の面白さを『雨と風と光の名前』北山建穂著(みらいパブリッシング)に教わる◆秋の花といえばハギ、オバナ、クズ、ナデシコ、オミナエシ、キキョウ、フジバカマ。清楚な雰囲気が漂う花々が集まって咲くさまは、心に潤いや安らぎを与えてくれる◆明治から昭和初期に活躍した俳人・渡辺水巴の句に「天渺々笑ひたくなりし花野かな」がある。東京の裕福な家に生まれ、育った水巴は関東大震災の後、一時、大阪で暮らす。そこで花野に立って、空を仰いで、思わず笑ってしまう。それは「震災で崩れた故郷・東京と自分のことを思いやってのあきらめとも自嘲ともつかない笑い」(『よくわかる俳句歳時記』石寒太編、ナツメ社)だった。身につまされる◆華やかな中に身を置き、自身の悲愴な境遇が対比されたのだろう。花野の響きに華やぎや美麗を連想しがちだが、水巴の句にそうとも限らないと、はっとさせられた。