連載・特集

2024.6.13 みすず野

 明治生まれの国文学者・岩本素白(本名・堅一)(1883~1961)は、随筆家としても知られた。『素湯のような話』(ちくま文庫)に「菓子の譜」と題した掌編がある◆明治時代の甘い物好きなある海軍軍医は、軍艦が港に入るたびにそこの名物の菓子を買った。一つずつ実物大に写生し、買った日時、場所、その名前と重さを記した。長い間にその数はおびただしい数になり、航海中、写生帳を取り出し味を思い出して楽しんだ◆素白はこの話を少年の頃に聞き引かれる。菓子が好きで、折りや箱に貼ってある菓子の名を記した小紙片や包み紙、箱の中に添えてある絵画・詩歌など書いた紙など、気に入ったものだけを集めた。「柚餅子のような菓子」には、富岡鉄斎が描いたユズの絵が付いていた◆集めた紙片は布張りの菓子折りに入れていたが戦火で焼失した。「こんな物よりも港々の思い出を伴って居る菓子の写生帳は、どうなって居るのか。時々思い出すことがある」と結ぶ。16日は全国和菓子協会が昭和54(1979)年に制定した「和菓子の日」。和菓子は、そのどれもが芸術作品のようで、店頭で見るたびに感心する。