連載・特集

2024.4.7 みすず野

 「これはこれはとばかり花の吉野山」。江戸時代前期の俳人・安原貞室が詠んだ。俳聖・松尾芭蕉が「われいはん言葉もなくて、いたづらに口をとぢたる、いと口をし」と称賛した句(『よくわかる俳句歳時記』ナツメ社)だ。奈良の吉野山といえば古くからの桜の名所として知られる。名人たちをして感嘆の言葉しか出てこなかったり、言葉も出ず一句も詠めずにいたり...。どれほど素晴らしい景観だったか想像が膨らむ◆松本地方にも心を奪われる美しい桜が咲き誇る場所がいくつもある。松本城、城山公園、弘法山古墳といった大勢が知る名所以外にもおのおのにきっと、とっておきの場所、好みの木があることだろう◆松本からは離れるが以前、富士山を背景に山梨の甲府で見た桜も見事だった。霊峰のパワーもあってか、言葉を失い、その豪華絢爛さにしばし酔った◆立派に育った木々に咲く花が、いま見られるのは、自然発生したもの以外、先人たちが木を植えてくれたからだ。つい忘れがちだが、あることが当たり前と思わず、感謝の気持ちが必要だろう。花をめで、後世の人のためにできることに思いを寄せてみるのもいい。

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