連載・特集

2024.4.18 みすず野

 必要なものを買おうとしたときインターネットで注文すると、早ければ翌日に届く。個店への連絡もメールで何度もやりとりできる。コロナ禍をこうした販売方法で乗り切った業者も多かっただろう◆ニューヨークの女性脚本家と、ロンドンの古書店に勤める男性が1949(昭和24)年から20年間、本の購入のために交わした手紙をまとめた『チャリング・クロス街84番地』(ヘレーン・ハンフ編著、江藤淳訳、中公文庫)は、現在のような注文方法がなかったころのやりとりがつづられている◆女性から、本が届き「さし絵の木版画だけでも、本のお値段の一〇倍も値打ちがあるわ」。男性から、注文のあった書籍をまとめて入手し、郵送したことを伝え「これしきのことは(中略)サービスの一端にしかすぎません」。二人の交友は男性の突然の死で終わる◆江藤さんは解説で「世の中が荒れ果て、悪意と敵意に占領され、人と人のあいだの信頼が軽んじられるような風潮がさかんな現代にあってこそ、このようなささやかな本の存在意義は大きいように思われる」と50年以上前に書いた。半世紀を経てもその「風潮」は一向に変わらない。