連載・特集

2024.1.26 みすず野

 若かった頃、特に学生の間は、毎日のように喫茶店に通った。一人ではなく、同好会の仲間が一緒だった。コーヒー1杯で1時間、2時間と粘っていた。いつでも居心地がよかった◆東京大教授だった英文学者の小田島雄志さんは「授業のない日は、毎朝十時から渋谷の喫茶店で仕事をしています」と言ってけげんな顔をされたという。「無理もない。その人はぼくが喫茶店でコーヒーをはこんだりコップを洗ったりする姿を思い浮かべたのだから」(『珈琲店のシェイクスピア』晶文社)◆1軒で翻訳などに集中できるのは1時間半から2時間。気晴らしをして2軒目へ。作家の井上ひさしさんは、小田島さんが推薦した仕事場を一日で放棄した。「だってコーヒー一杯でねばってると申しわけない気がしてきましてね、二時間でコーヒー九杯おかわりしたら胃がおかしくなってしまったんですよ」◆コーヒーカップを挟んで向かい合っていた仲間の顔を思い出す。いろいろな話をした。いつも顔を合わせていたのに、話題が尽きなかったのが不思議だ。あの時間は、貴重な自習時間だったのだろうか。当時のような喫茶店は少なくなった。