連載・特集

2023.12.5みすず野

 現在の安曇野市出身で東京・新宿の中村屋創業者・相馬愛蔵、その妻黒光は、国内で初めてジャムパンを発売したり、インド式カリーを看板商品にしたりして知られるが、中華系の菓子・月餅も国内で売り始めた最初とされている◆『青椒肉絲の絲、麻婆豆腐の麻』(新井一二三著、筑摩書房)に詳しい。夫妻が大正14(1925)年に「中国旅行をした際に食べて気に入り、帰国後店で売り始めたのが日本における起源」という。月餅の月は中秋の名月を意味し、中国では旧暦8月15日の中秋節前後にしか食べないと◆著者が香港の雑誌社勤務時の中秋節前夜、あちこちの取引先から4個入りの月餅の箱が届いた。その習慣にかこつけて、中国国内で袖の下を届ける贈収賄が問題になり、政府が何度も禁止令を出した。最近も4個で1万円近い高価な月餅や、包装に貴金属を用いたものの販売を規制する通知が出ているそうだ◆時代劇でおなじみの「越後屋、お主も悪じゃのう」のシーンだ。和菓子の箱の底には、山吹色の小判が並ぶ。古典的な賄賂の渡し方は、月餅の箱に生きている。人の悪知恵は、国が違ってもあまり変わらないということか。