連載・特集

2023.12.14 みすず野

 松本市街地での取材だと、どこかの駐車場を利用する。目的の場所から遠くても、車を止めやすい所を選ぶから、ときにかなり歩くことになる。これが楽しい。道沿いにある店舗は看板やショーウインドー、店内の様子などを見る。街路樹も甘い香りを漂わせる季節があって、足を止めて見上げる◆散歩しようと思っていたわけではないのに、その機会が突然やってきてうれしくなる。時間にしたら、どんなに長くても20分ほどだろうか。ウオーキングというと、なんとなくつまらない。歩くこと自体に目的がない幸せ◆歩いて初めて気付くことがある。ここにあったあの建物がない。店がない。あの風景がない。そのとき、初めてそれがどれほど大切だったのかようやく気付く。街のたたずまいが、心の中でどれほど大きな位置を占めていたのかを、残念なことに失ってから自覚する◆長く生きてくると、記憶の数だけはそれなりにある。失ったものを思い出すことはできるが、なくしてはいけないものを、失ってから気付くことのないようにしたい。大切なものに気付けるように。それをいつも教えてくれるのは、目の前に建つ松本城だ。