連載・特集

2023.11.15 みすず野

 職場で同僚に「お疲れさま」と声をかけるようになったのは、いつごろからだろう。入社してしばらくは「ご苦労さま」だったような記憶がある。辞典だと「お疲れさま」は目上にも言い、「ご苦労さま」は主に同等か目下に言うとある◆本年度、文化功労者に選出された芸能評論家の矢野誠一さんは、昭和21(1946)年隣家に戦災で焼け出された俳優・長谷川一夫が一族郎党で引っ越してきた思い出を書く(『芝居のある風景』白水社)。「『おつかれさま』という挨拶が頻繁に交わされているのが物珍しかった」と◆いま、当たり前に使われている「お疲れさま」。当時は「藝界、花柳界、水商売の人たちのあいだで使われていた特殊な挨拶語だった」そうだ。閉鎖社会の中だけで使われてきた、いわゆる業界用語が世間でも用いられるようになった例は少なくないとして「あご足」「よいしょ」「せこい」「とちる」などを挙げる◆そういえば子どものころ、夕方から夜に親しい家を訪ねるとき、大人たちは男性が「お疲れ」、女性が「お疲れでございます」と言っていたように覚えている。もう聞かれなくなったが懐かしい響きだ。