連載・特集

2023.11.12 みすず野

 江戸期松本藩の消防体制や17~19世紀の松本平における凶作飢饉の状況を総体において論じる「ほとんど唯一の論文であろう」といった研究内容を収録した、重厚な692ページに及ぶ論文集がある。地域史研究家で信濃史学会会員の田中薫さん(88)=松本市=が自費出版した『信州の地域史像(2)-その多角的視点-』だ◆書きためた論文を米寿の記念にまとめた。田中さんは「この仕事はたたかいでありました」と述懐する。人生においてだけでなく、研究者として歴史の「いのち」あるものの再生という意味でもだと◆小紙で連載中の地域史研究「古文書は語る」で、執筆者の元松本城管理事務所研究専門員・青木教司さんが参考文献に利用していた。青木さんは田中さんの論文を「徹底した実証主義で歴史像を突き詰めている。上からでなく、市民の視点で歴史を見る姿勢も素晴らしい」と評価する◆田中さんはあとがきで人生を振り返り、生活を切り詰め、旅行に出掛けることもなく、あらゆることを犠牲にして「すべてを書物購入に充てて」きたと述べている。地域史解明に田中さんのような研究者がいることを忘れずにいたい。