みすず野2023.10.31
先日の井伏鱒二の『川釣り』(岩波文庫)を題材にした山本省さんのリレーコラムを何度も読み返した。山本さんが指摘されるように、釣りをテーマにした本の最高傑作の1冊だと思う。釣れたという話ではなく、釣れなかった話をこれだけ楽しませてくれる本はほかにあるだろうか◆井伏鱒二に師事した作家・小沼丹さんは「釣竿」(『清水町先生』ちくま文庫)で、釣り竿を師に選んでもらい、それを持って東北の温泉にお供した様子を描く。4月中旬ころで、宿に着くと夕方まで釣りをすることになる◆糸などを師に付けてもらい、宿の前を流れる川に出て糸を垂れる。ビギナーズラックを期待するがあたりはない。それはいいが、うすら寒い風に吹かれている師も1時間、2時間過ぎても釣れる様子がない。気づくと宿の番頭らしい男が立っていて、今は雪解けで川に魚はいないと話す◆わずか4ページの作品だが、師の作風を思わせる魅力にあふれる。「自慢話を書くようでは文学にならないのだ。文学と同じく釣りは奥が深い」という山本さんの言葉を何度もかみしめる。師から頂いた釣り竿は、二度と使うことはなかったそうだ。