2023.10.2 みすず野
昭和のにおいが、ぷんぷんだ。「大正っ子」の北沢袈裟二さんとの年齢差は半世紀近い。親しくさせてもらえるはずもないが、駆け出し時分に当時の塩尻支局であいさつした覚えがある。懐かしの書名は『キタさんのえんま帳』◆若者でいっぱいの喫茶店でラークをふかし〈こんな年ごろには戦場にいた。死と向かい合っていた〉とつづる。40年以上も前に出た本だから、今日の目に時代錯誤と言われかねない箇所もあるけれど、多くの企業の浮沈や市井の人を見てきたまなざしは厳しくも温かい◆懐具合の乏しい旅の学生に1万円札を渡す話は、じ~んときた。かつて自分も見知らぬ老夫婦に電車賃を出してもらい〈いつかその埋め合わせがしたかった〉と。他人の痛みが分かる人間であってほしいとか〈現在の政治家は、自党と自分に都合のいいことをしゃべっていれば事足りようが、十年先を背負うのは少年達だ〉とか。そのまま今日も通じる大正っ子の小言が時を超えて、耳を打つ◆同名のコラムを小紙にも書いておられた。教えを乞うておけばよかった。後悔しながら図書館を出ると、どこからかブドウの甘い香りが鼻腔に満ちた。