連載・特集

2023.10.19 みすず野

 文芸作品を読む楽しみの一つは共感だろう。同じ失恋の歌に接しても、そのつらさを知る人と知らない人とでは、おのずと感じ方が異なる。全国短歌フォーラムin塩尻で最優秀に輝いた〈君にしかわかりっこない本棚の並びに君の人生がある〉も「分かる、分かる」だった◆拙宅の書棚を例に挙げると―共に好きな作家だが―司馬遼太郎が奥で、山本周五郎が手前に並ぶ。どちらのほうが目に付くか。短歌のことはよく分からないが、そのこだわりを〈人生がある〉としたところが妙味だと思う◆井波律子さんの名をご存じの方は、きっと漢詩に親しい。随筆集『一陽来復―中国古典に四季を味わう』が岩波現代文庫に入った。心が伸びる文章に引き込まれながら、初めて知る書き手だと思ってプロフィルを見たら全訳に『三国志演義』や『水滸伝』があり、小欄もつい最近、新書から知見を引いていた◆二十四節気でいえば寒露から下旬に霜降が巡り来る季節の移ろいを〈露から霜へ〉とつづる。収められた李白や白楽天の詩は書き下しをぜひ声に出して読みたい。3年前に亡くなっておられる。ここでも〈人生がある〉の感を深くした。

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