連載・特集

2023.9.4 みすず野

 山で遭難したことはない。といっても冬山はやらないし、救助の人手を煩わせなかったというだけで、さまよい歩いた末に崖をよじ登ったり、バテて動けなくなったりといった経験なら2度3度...もっとある◆だから『ドキュメント道迷い遭難』(ヤマケイ文庫)を読むと、身につまされる。そうなんだよなと一々うなずき、ほぞをかむ。山では―山に限らず「これまで危険な目に遭わなかった、今回もきっと大丈夫だろう」と考える。やがて近くに道(らしきもの。山小屋の屋根だったこともある)が見えだす。幻視・幻覚は厄介だ◆〈道が分からなくなったら分かる所まで引き返せ〉の鉄則は百も承知している。実行となると難しい。登り返しにかかる労力を惜しみ、下るほうを選んでしまう。同書の著者・羽根田治さんも指摘するように〈今やるべきことは先延ばしせずに今やる〉の心掛けを思い起こしたい◆暑さが収まらない。涼を求める人もおられようし、紅葉やキノコのシーズンにかけて山は一年で最もにぎわう。若いときなら「仕方がない。引き返すか」と言えた。山は人生を豊かにしてくれるけれど、無事に下りてきてこそ。