2023.9.13 みすず野
〈棚より露重げに垂れ下る葡萄を見上れば小暗き葉越しの光にその総の一粒一粒は切子硝子の珠にも似たるを〉―詳しい話の筋は公序良俗に反するので紹介できないが―文語体の美しさにうっとりした。永井荷風の小品「葡萄棚」◆つい引用が長くなる。〈秋立ちそめて〉水菓子(果物)屋の店先にブドウが並ぶ。大正時代も同じだったようだ。秋風が棚の房をゆらゆらと揺り動かすさまは〈牡丹花にもまさりて〉優しいとし、そういえば島崎藤村の美文の中に葡萄棚のことを書いたものがあったぞ、と巡らす◆近年は品種が増え、種なしに皮ごとと食べやすくもなった。直売所に露地物が出そろう。紙面によると、塩尻のブドウ園が県外へのPR活動を再開。コロナ禍で誘客を抑えていた。生坂村の道の駅で17日と24日、即売会が開かれる。おなかをこわさない程度に、食べ比べも楽しみたい◆万葉集にブドウが出てこない(『日本のブドウハンドブック』イカロス出版)のはなぜだろう。古鏡や仏像の台座に見えるのに。日本ではもっぱら染料に使われ、食べ始めたのは江戸中期以降、ワイン造りは明治維新を待たなければならなかった。