連載・特集

2023.8.4 みすず野

 東京美術学校の草創期だから明治半ばだろう。岡倉天心校長が学生を飲みに誘う。集まったのは下村観山、菱田春草、横山大観...橋本雅邦先生もいた。後に名を成す大家の修業時代とはいえ、すごい顔ぶれの飲み会があったものだ(『作家と酒』平凡社)◆こちらは詩人の交流。草野心平は若い頃、屋台の焼き鳥屋を開く。素人商売だから翌日の酒を仕入れる金が残らない。心配して友達の高村光太郎がたびたび様子を見に来た。2人は―詩誌で心を通わせ合った―宮澤賢治の葬儀に駆け付け、遺稿の詰まったトランクの中から〈雨ニモマケズ〉の手帳を手に取る◆こうした逸話は―互いに鍛え合い、信頼し合える―友や出会いの大切さにあらためて気付かせてくれる。同僚は自分を高みへと導く〝春草〟かもしれない。一別以来はがきも出していない友は〝賢治〟でなかろうか◆前掲書からもう一つ。村上春樹さんが〈小澤征爾さんがうちに遊びに見えたとき〉と書いている。マエストロは米国ビール〈ブルー・リボン〉を懐かしがり、くいくい飲んだ。ニューヨークでの助手時代は収入がほとんどなく、安い銘柄しか飲めなかったという。

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