連載・特集

2023.8.3 みすず野

 中学生の時だと思う。郷里の映画館に昭和38(1963)年公開の「天国と地獄」がリバイバルでかかった。唯一スクリーンで見たモノクロの黒澤明監督作品だ。誘拐犯が「身代金を持って乗れ」と指示したのは、特急こだまだった◆まだ新幹線はない。当時最速の電車は東京~大阪を6時間50分で結んだ。ボンネット型の車両は―微妙に改良されて―中央本線(あずさ)や信越本線(あさま)も走ったから、往年のファンには懐かしい。松本市の関重夫さん(93)が作ったジオラマ上でも見られるかしら◆明かりのともる列車がたそがれ時の駅に滑り込む。至福のひとときだろう。記事は関さんがお酒をたしなまれるかどうかに触れていないが、きっと筆者なら飲みながら飽かず眺める。神奈川県湯河原町の西村京太郎記念館を訪ねた時、趣向を凝らした鉄道ジオラマがあり、うらやましくて仕方がなかった◆生涯の趣味を持てと言われる。西村先生みたいな売れっ子作家で、お金持ちだったら。駅も高層ビルも手作りされる関さんの器用さを持ち合わせていたら。家人に話すと「そんな大きな物を置く場所がどこにあるの?」と返された。

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