連載・特集

2023.8.23 みすず野

 〈秋の野に咲きたる花を指び折り、かき数ふれば七種の花/萩の花尾花葛花瞿麦の花女郎花また藤袴 朝貌の花〉山上憶良―『花の名随筆』(作品社)の各編がそろって万葉歌を挙げていた。春の七草は平安以降だというから秋のほうが〝先輩〟だ◆岡本かの子は〈吹かるゝまゝに〉なびく〈運命に従順〉な萩を愛し、山本健吉は自然が〈日常生活の伴侶〉だった時代に思いをはせる。白洲正子が憶良の朝貌をムクゲと書けば、牧野富太郎は『植物一日一題』で〈桔梗だとする人の説に私は賛成して右手を挙げる〉◆葛から谷崎潤一郎の『吉野葛』と、作中に出てくる人形浄瑠璃や歌舞伎の〈葛の葉子別れの場〉を連想した。ご存じ陰陽師の安倍晴明出生にまつわる説話は〈恋いしくば訪ね来てみよ和泉なる信田の森のうらみ葛の葉〉とうたう。谷崎の作中人物は子供時分の遊びで歌った童謡を挙げ、母恋の心情を物語る◆自宅近くの菓子店で、くず餅を買った。聞けば今夏初めて仕入れたところ思いのほか好評で、最後の2個という。包装の表示で加工所の住所を見たら、伝説で晴明生誕地とされる大阪市阿倍野区とあったのが面白かった。