連載・特集

2023.8.22 みすず野

 島崎藤村を生んだ馬籠は「平成の大合併」で岐阜県中津川市になったけれど、藤村が信州木曽の人だということに変わりはない。小諸での教師時代、詩から散文へのステップにと試みた写生文は後に『千曲川のスケッチ』となる◆「雪国のクリスマス」が好きだと言ったら、賛同してくれる読者もおいでだろうか。げたの歯につく雪に悩まされたり、馬車の輪が滑ったり―明治時代の光景はもう見られないが、日陰や北側の屋根に春まで持ち越す雪といい、〈尺余に及ぶ〉つららといい、信州の冬が目に浮かぶ◆藤村は『破戒』の出版を挟む1年余の間に、3人の女児を相次いで亡くした。『夜明け前』は読んだ人を学びと木曽への旅にいざなう。『新生』はどうか。藤村のめい・島崎こま子の生涯に思いをはせる文章は少ないようだ。俳人・黛まどかさんの『文豪、偉人の「愛」をたどる旅』(集英社)を挙げておきたい◆越県合併の8年後に馬籠で「今も木曽の地名を使うか?」と尋ね回る機会があった。ほぼ全員が使わないと答えるなか「美濃の藤村ではない。木曽の藤村だ」と返ってきたのが印象に残る。きょうは没後80年の藤村忌。