連載・特集

2023.8.17 みすず野

 とうとう今夏も花火を見なかった。夜遅い仕事だから打ち上げが終わった後の帰宅だし、かといって明るいうちから夕飯も食べずに安曇野その他へ遠征をかけるのはずくが要る。薄川の煙火も紙面で楽しんだ◆最後に見たのは木曽の空を彩る花火だろうか。わざわざ陣取って待ち構えなくても支局から眺められた。北安曇の町村を回っていた頃、高瀬川沿いの特等席に「さあ、こちらへどうぞ」と招いてもらった。華やかさに変わりはないけれど、偉い人たちと一緒なので少し窮屈だった。気の置けない人が傍らに居てほしい◆ヒュルヒュルと上がってドンと開き「鍵や!」「玉や!」―由来が石曽根民郎さんの『住めばわが町―まつもと歳時記』に出てくる。鍵屋弥兵衛の先祖が江戸初期、のろし揚げを見てこしらえ、後に水神様の夜に余興として上げた。玉屋市郎兵衛は六代鍵屋の元番頭とか。松本の煙火師が咲かせる大輪を来年こそ見に行こう◆花火は真下で仰いでも丸い。東京のお台場で駐車場係のアルバイトをした時、寝転がって見た。明治生まれの石曽根さんが〈美しい哀しさ〉と懐かしがる線香花火なら、今からでも間に合う。